ピマ人が結構本気で書くブログ

誰に見せるつもりもないけど、誰かに見られたいという矛盾したブログ。ほぼ日更新

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ソナチネ ソナチネ
ビートたけし (1999/05/25)
バンダイビジュアル

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*
北野だなーと思った
もう多分これで後見てないのは「おーいやってるか(だっけ?)」ぐらいだと思う
途中の沖縄で遊んでるシーンは良かった
相撲のシーンがいい

でも武やっぱこえーよ
人殺すのなんて何とも思ってなさそうな
ゴッドファーザーとか北野映画とか、とにかくいっぱい人が死ぬけど、その人には家族がいて、その人にとってはそれが自分の人生である、みたいな事はどう解釈すればいいのか
もう、そこは作り物として楽しんでしまえばいいのかな
きっとそうなんだろうけど、まだまだ肝っ玉の小さい自分には、それがとても重い事の様に感じられる

武の映画は透明な刻みの入ったガラスのようなイメージがある。旅館とか、喫茶店にありそうな
そう言うのはとても好きだ
あと、女の人はやはりバブリーである
それを見てそそられないのは、首長族の女性を見てそそられないのと同じ原理だろう
映画の中の要素としてはアリだと思う

映画を成立させる要素として、「スリル」がある
それはジェットコースターに乗っているあの感じと同じだ
例えば、ただエレベータに乗っているシーンでも、例えば中に一人、殺人犯がいるとすれば、そのシーンは映画的だ

また、「対比」と言う要素もある
アンタッチャブルで、乳母車の中の赤ん坊と言う、ある種平和の象徴みたいなものの隣りで、銃撃戦が行われているのは、まさに対比だと思った

先生は映画というものを刻んでいくと、最後には何が残るか、みたいな話をしていた。それは、対比とかスリルとか、そんなものなのか
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2006.10.03[Tue] Post 13:17  CO:0  TB:0  映像  Top▲

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